くまの素(くまのもと)は玉名・荒尾・山鹿・菊池の観光、日帰り・立ち寄り・宿泊温泉、ランチ、グルメ、おみやげ情報が満載

「渋うちわは使い込むほどに手になじみ、味が出てくるんです」有限会社 栗川商店代表・栗川亮一さん

熊本県北の宝もんバックナンバー

熊本県北が誇れる、こだわりのものづくりを紹介するコーナー。観光のおみやげとしておすすめです。今回は「来民(くたみ)うちわの有限会社 栗川商店代表・栗川亮一さん」です。

竹と手漉き和紙と柿渋、自然素材と人の知恵が生み出した用の美。
来民(くたみ)うちわ

山鹿の中心部から少し離れた来民(くたみ)の町。昔からの店々が軒を連ねる町並みの中に、藍染めの日除けのれんがひときわ目を引きます。ここは、今では全国でも珍しくなった「渋うちわ」を製造販売する、創業明治22年の栗川商店。来民は、390年もの歴史と伝統を受け継ぐ、日本有数のうちわの産地だったのです。

来民うちわの起こりは、江戸時代のはじめ頃、四国の丸亀の旅僧が一宿の謝礼にうちわの製法を伝授したとされ、肥後藩主細川忠利公の奨励によって来民の主要産業となり、京都や香川と並んで、日本三大産地の一つに数えられていました。大正末期から昭和10年頃にかけては、1年に500万本ものうちわが生産されており、九州一円はもとより、朝鮮・台湾・満州まで販路を伸ばしていたといいます。
昭和の中頃までは、企業や商店、料亭などの広告媒体として活躍することも多かったうちわ。栗川商店には、当時の人気歌手や俳優が描かれたうちわも残されており、マニア垂涎のレトロな雰囲気をかもし出しています。

最盛期には16軒でうちわを製造した来民の町も、時代とともに姿を変え、今でもうちわ製造を手がけるのは、栗川商店1軒のみ。しかし、和紙の表面に柿渋をひいた渋うちわは、来民の代名詞となり、今も、伝統の技が受け継がれています。

来民(くたみ)うちわ来民(くたみ)うちわ

来民渋うちわの特徴は、純粋に柿渋だけをひいた「白渋」と呼ばれる涼しげな薄茶色。柿渋には、がら柿(豆柿)と呼ばれるタンニンを多く含んだ柿が使われます。毎年8月中旬に採った青い未熟な柿を丁寧につぶして寝かせ、3年から5年発酵・熟成させた柿の渋には、優れた防虫効果があり、うちわを丈夫にして長持ちさせます。さらに、使い込むほどに渋が変化して、深みのあるいい色艶のうちわになっていくといいます。

来民(くたみ)うちわ

来民渋うちわの骨に使う竹は、9月半ばから翌年2月までに切った3年ものの真竹のみ。大分産をはじめとする真竹を切って生のうちにさばき、寒の頃までに編み上げます。

幅2センチ前後の竹を裂いて放射状にした見事な骨組みに手早く和紙が貼られ、乾かされた後、「型切り包丁(なりきりぼうちょう)」と呼ばれる刃物で手際よく切り抜かれてゆきます。和紙の張り方は、「元張り」という骨全体に和紙を張る方法で、骨がすっぽり隠れてしまいます。竹の節落としから仕上げの渋引きまで、18段階にも及ぶ工程は、今でもすべてが手作業。立夏を迎える5月から夏にかけて、忙しさのピークが訪れます。

最後は、いよいよ柿渋を塗り重ねる作業。柿渋独特の匂いが中庭に漂います。「和紙部分に柿の渋を塗り重ねた渋うちわは、乱暴に使わなければ100年以上もつといわれます。物の乏しかった時代の人の知恵が、素晴らしい工夫を生んだんですね」と、語る4代目店主の栗川亮一さん。来民渋うちわは、まさに一生もの。軽くてしっくり手になじみ、使えば使うほど味わいを増す独特の素朴な風合いが多くの人に愛され、若い人の間にもファンが増えています。
また、100年以上の寿命を誇り虫が付かないことから、来民の渋うちわは縁起物として喜ばれているのだとか。生まれた子どもの名前を入れた「命名うちわ」や年祝いの記念に配る「還暦うちわ」「喜寿うちわ」など、色や形の素朴さと丈夫さを生かした、オリジナルうちわも人気です。

味わいのあるうちわは、夏のおみやげにおススメの逸品。熊本観光の際にはぜひお立ち寄りください。

有限会社 栗川商店代表・栗川亮一さん有限会社 栗川商店代表・栗川亮一さん

来民(くたみ)うちわ
この夏は、和紙のオリジナルパッケージに入った粋な渋うちわに“暑中お見舞い”の手書きの文字を添え、本物がわかるあの人に贈ってみたいものです。

たとう紙入り小丸団扇(うちわ)
1,000円~
お問い合わせ
有限会社 栗川商店
〒861-0331 熊本県山鹿市鹿本町来民1648 TEL:0968-46-2051

近隣のサポーター店

ページトップへ